入国審査官は乗り鉄の天敵、モルドバからドイツへ国境を越えた「阿房列車」の目的地

海外旅行記

モルドバの首都キシナウ観光の翌日、この日は横着して飛行機で一気にベルリンまで行く。
前日朝にブカレスト発の夜行列車でキシナウに着いて、鉄道旅行では来るところまで来た。
キシナウからさらに線路が延びる先はウクライナしかなく、2026年4月現在行くべき国ではない。

飛行機の出発時間は13時。
時間に余裕があるので空港まではタクシーではなくバスを利用することにした。
凱旋門近くのバス停から空港行きの便を待つ。
グーグルマップで表示された出発時間とバス停に張り出された時間が5分くらい違った。
そのくらいのことは国内外問わずよくあることである。
10時23分発のバスを待つ。

しかし他の路線のバスはひっきりなしに来るが、空港行きは10時半になっても一向に来ない。
隣でスーツケースを持った女性2人組に聞いてみる。
彼女はロシア語しか話せなかったが、雰囲気からして「23分発のバスは運休で次の55分発のバスを待とう」と事も無げに言う。
結局10時50分にバスがやって来た。

ダイヤ乱れの影響か、バスは酷く混雑していた。
普段私が通勤で利用している8時台の中央快速線よりも息苦しい。
キシナウの市内バスは車内で車掌からチケットを買うシステムなので、近く乗客がリレーして運賃を支払っている。
空港に着いたのは11時半。
首都とはいえ見るからに小さな空港なので、1時間半前の到着でも十分だろう。

と思ったのだが、保安検査場にはなんと100m以上にもなる長蛇の列ができているではないか。
今日は平日のはずだが、キシナウで何かあったのだろうか?
このままでは13時に飛行機に乗るのは絶望的である。
空港職員にチケットを見せて相談すると、あっさりと保安検査場に入れてくれた。
私以外にも同じ対応をしてもらっている人がたくさんいた。
おそらく今日は何らかの原因で特別に混んでいるのだろう。
おかげさまで搭乗口には余裕を持って到着した。
残ったモルドバ・レウの現金をはたいて昼食のパンを買う。

今回搭乗するのはWizz Airというハンガリーの航空会社だ。
ベルリンまでの所要時間は2時間半。
LCCなのでサービスには期待していないが、特に何の問題もなく利用できた。
予想外の空港混雑のためか、昼食を摂り損ねた人が多数いたようで、有料の機内販売は大盛況だった。
まだワゴンが全ての客席を伺う前に、機長の着席指示が出てしまい機内販売は終了してしまった。

ベルリン時間の14時5分(モルドバ時間では15時5分)に着陸。
乗客から拍手が巻き起こった。
アエロフロートロシア航空でもお馴染みの文化である。
こんなところにもモルドバの旧ソ連構成国としての名残が見え隠れする。

ドイツの入国審査は最近厳しい。
モルドバはシェンゲン協定加盟国ではないためか、一人ひとりの対応に時間がかかって列がなかなか進まなかった。
しかも後に到着した便の乗客が列に割り込んできて口論が発生するなど、長時間待たされるうえに雰囲気も穏やかでない。
列を整理する係員はいなかった。

1時間以上並んで、ようやく私の番になった。
つい我々日本人は、自分たちは秩序を守る無害な民族であり、ゆえに東欧からの出稼ぎ労働者とは違って入国審査も何事も無く終わるだろうと、無意識のうちに思ってしまいがちである。
しかし、そんな根拠のない選民思想もここでは全く通用しなかった。

「目的は?」
「旅行(Tourism)です。」
「今回の旅行で最初にEUに来たのはいつか?」
「今月15日です。ブダペストから。」
この辺りはごく普通である。

「ブダペストからどこを訪れたのか?」
「ウィーンに寄ってからルーマニアとモルドバに行きました。」
「それでこれからは?」
「今夜は夜行列車でパリに向かい、翌日はパリからルクセンブルクに行きます。翌々日はパリに戻り飛行機で日本に帰ります。」
係員の顔が見る見るうちに曇ってきた。
「貴方は今回の目的が旅行だと言ったが、何故にかくも慌ただしいのか?いったい何をしに来たのか?」

困ったことになった。
たしかに私の目的は「旅行」だが、「観光」ではなく鉄道に乗ることを目的とした「旅行」だ。
ただでさえ友人にも言いづらいことを、国家権力を相手に、しかも英語で説明しなければならないのである。
仕方なく自身の鉄道趣味を白状すると、係員はさらに険しい顔になった。
「では貴方が持っている予約を全て見せてください。」
私が持っているのは飛行機と列車、ホテルの予約のみだ。
ヨーロッパでよく鑑賞するオペラやコンサートのチケットがあれば旅行らしくなったのだが、あいにく今回はそれさえもなかった。
それにしても、私はドイツは自由に旅行できる国だと思っていたが、今や一昔前のロシアのバウチャー旅行と同じではないか。

結局、不思議ではあるが虚偽でも不法でもないと認められたのだろう。
ようやく入国の許可が出た。
ゲートを通り過ぎる折、係員は表情を緩ませて「Danke(ドイツ語で「ありがとう」)」と一言呟いた。
彼女が、私に立ち塞がる入国審査官から一人の人間に変わった瞬間であった。
時刻は16時過ぎで、着陸から既に2時間が経過していた。
今日これまでにしたことといえば、実質的には飛行機に2時間半乗っただけだ。
しかしその前後がトラブル続きだったので、何か大したことをやってのけた錯覚に陥る。

客観的に振り返ると、「旅行に来た」と言いながらウィーン・ベルリンやパリに数時間だけ滞在して都市間を無駄に行き来する東洋人は、やはり怪しいと判断されてもやむを得ないとは思う。
思うのだが、自分の趣味が他人からどう感じられるのかをまざまざと見せつけられると、一抹の寂しさを覚えずにはいられない。

私は鉄道文学の元祖にして金字塔である内田百閒ひゃっけんの「阿房列車あほうれっしゃ」の名文を思い出した。

阿房と云うのは、人の思わくに調子を合わせてそう云うだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考えてはいない。用事がなければどこへも行ってはいけないと云うわけはない。なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。

第一阿房列車の冒頭

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