2024年11月に鉄道と路線バスで四国を1周してから改めて地図を見た時、ルートから愛媛県西部の佐田岬半島がはみ出ていることに気付いた。
ノコギリのような形をした長さ約40㎞の細長い半島である。

国土地理院の地図を加工して利用
この不愉快な取り残しを処理すべく、翌2025年10月に路線バスとタクシーで佐田岬半島を縦走し、さらにはフェリーで豊予海峡を渡って九州に上陸した。
これは新幹線計画で構想された四国新幹線ルートを辿る旅ともなった。
本記事はその第1回、東京駅から寝台特急「サンライズ瀬戸」、そして予讃線特急「いしづち」と「宇和海」乗り継いで、佐田岬半島の付け根の八幡浜駅まで向かう。

国土地理院の地図を加工して利用
「サンライズ瀬戸」のソロで東京駅から坂出駅へ
思いがけずして3連休が手に入った。
直前になってダメもとでe5489を覗いてみると、「サンライズ瀬戸」の一番安い個室寝台「ソロ」が残っていた。
これで前々から考えていた佐田岬縦走兼四国新幹線ルート旅行ができる。

「サンライズ」が入線した頃に東京駅ホームに着いた。
唯一の定期寝台列車ともあって、登場から30年経った今でも記念撮影している人がいる。
個室でくつろいで、酒を飲みながら通勤電車を眺めるのは最高の贅沢である。
ドアをノックして「検札に参りました」と車掌の声がする。
私が「こんばんは。」と挨拶すると、若い女性の車掌も挨拶を返して愛想よく応対してくれた。
これまで何度も「サンライズ」に乗っているが、いつも車掌は「検札機械」として振る舞い、まともに乗客を人間扱いしない(個室が多くて手間と時間がかかるのは理解できる)。
「クルー」と呼ぶべき接客対応を受けたのは今回が初めてである。
21時50分、東京駅を出発した。

通勤電車たちのダイヤの合間を縫って、「サンライズ」は7~8割くらいの力で走る。
都心から離れるにつれて街灯が少なくなっていった。
いつも通り、小田原駅を通過(23時ごろ)する頃に晩酌を切り上げる。
洗面所・トイレから戻る際に熱海駅に到着した。
目が覚めたのは6時前後。
列車はちょうど岡山県に入ったあたりだった。
オレンジ色の朝陽が黄金色の稲穂を照らしている。
型通りの朝の車内放送に続き、車掌が「サンライズ出雲」は伯備線内落石のため岡山止まりになる旨を案内した。
幸い「瀬戸」には影響ないが、出雲市まで行く人は3時間も早く寝台列車から降ろされて気の毒である。

岡山駅で「出雲」を残して、「瀬戸」は瀬戸大橋線へと入る。
江戸時代に干拓で造成された住宅と田んぼを走り、児島駅よりJR四国の区間となる。
JR東日本・東海・西日本ときて、ここで4社目の線路だ。
JR各社のセクショナリズムが跋扈する現在、もうこんな列車も無いのではないか。
低成長・人口減少・地方の過疎化が深刻化するにつれて、30年前とは逆に国鉄分割民営化の弊害が目立つ今日この頃である。
列車が瀬戸大橋に差し掛かった。
両側の景色が見れるようにフリースペースのミニロビーに移動すると、既に先客が4人くらいいた。
あいにく曇りではあるが、数え切れないほどの島と船が浮かぶ穏やかな多島海の景色を、橋梁部独特の走行音が打楽器のように囃し立てる。
ちなみに瀬戸大橋には在来線の線路の隣に、複線の新幹線の線路を敷くスペースが確保されている。
そのため、四国新幹線が実現するとしたら、淡路島経由ではなく岡山発瀬戸大橋経由になる公算が高い。

瀬戸大橋を渡りきったところで、7時9分に坂出駅到着。
ここで一旦下車する。
次の列車まで40分くらいあるので、駅のカフェでホットコーヒーを買った。
「サンライズ」の車内販売(昔は東京発便の朝時間帯で行っていた)を復活させろとまでは言わないが、コンビニみたいなコーヒーマシンを設置するだけでも、接客設備向上になると思うのだが。
8000系「いしづち」で松山駅へ
今度は坂出駅7時51分発の予讃線特急「いしづち1号」で松山駅まで行く。
8000系というスマートで速そうな車両だが、登場したのが1993年なので、今となっては古い部類に入る。
現在リニューアルが進められているが、今日乗ったのは従来型で自由席はオリジナルのままだった。


坂出を出るとすぐにデルタ(三角形)線に差し掛かる。
岡山・高松・松山方面への線路が、海を背景に川を跨いで展開する光景は壮観である。
次の宇多津駅で、岡山からやって来る「しおかぜ」と併結した。

さて、予讃線はイメージとは違ってあまり車窓から瀬戸内海は見えない。
むしろ巨大な工場の方が景色としては印象的だ。
それでも多度津駅を出て間もなく、または今治~松山間などは瀬戸内海を落ち着いて見ることができる。

瀬戸内工業地帯に属する高松~松山間は、四国にしては珍しく中小規模の都市が点在している。
そのため「いしづち」は特急を名乗っているわりには途中停車駅が非常に多く、2時間半の所要時間のうちに停車するのは10数駅にもなる。
しかもほとんどの区間が単線で、急カーブもあちこちにあり、おまけに今治を経由するためライバルの高速道路と比べて松山まで遠回りしている。
そんな悪条件下でも、カーブでも速度を落とさずに走れる振り子式電車によって競争力のある速達性を実現させているのだから、経営基盤の弱いJR四国は大健闘していると言ってよい。
10時6分松山駅着。
この駅は最近駅舎とホームが新しくなった。
昔のレトロな雰囲気も私は好きだったのだが、四国最大の都市の駅がそれに相応しい姿になったことは、懐古趣味を越えて喜ぶべきことだろう。
もっとも今日は改札の外に出られないので、ホームから松山城を見るだけで満足する。

2000系「宇和海9号」で八幡浜駅へ
宇和島行きの特急「宇和海9号」が入線してきた。
使われているN2000系はやはり平成初期に登場した車両だ。
四国の主要幹線の大幅なスピードアップに貢献した画期的な振り子式気動車2000系の改良版である。


「宇和海」は予讃線の松山以西の非電化区間を走るディーゼル特急である。
沿線に工業都市が続く「しおかぜ」と違い、内子・大洲・卯之町といった情緒ある歴史的な町にも停車する。
ところで、「宇和海9号」は「アンパンマン列車」といって、編成全体に同アニメのラッピングが施されている。
私は不特定多数が利用する公共交通機関に特定の趣味を持ち込む、こうした施策が嫌いだ。
アイドルによる車内放送なども同罪である。
出発を待つ間、そうしたイライラをChatGPTにぶつけてみる。
「アンパンマンが暴力で問題を解決するのはいかがなものか?」「そもそも「愛と勇気だけが友達」と言い切る者が掲げる正義とは、独善的で暴走する危険なものではないのか?」など、幼稚な行為かもしれないが、車掌に八つ当たりするよりはマシである。
一連の議論のなかで、ChatGPTはアンパンマンの自己犠牲の精神や孤独なヒーロー像について述べ、そしてサルトルの実存主義やヘーゲルの弁証法まで持ち出した挙句、「アンパンマンは子供向けに擬装された宗教哲学」だと結論付けた。
もはや相手がAIなのか、それとも饒舌な飲み友達なのか分からなくなったところで、「宇和海」は松山駅を出発した。
車内放送ではアニメの曲に続いてアンパンマンの音声が流れる。
私は憤りを抑えて、この放送から宗教的・哲学的解釈を引き出そうと虚しく努力していた。
もともとこの先の予讃線は伊予灘沿いを進んでいたのだが、特急「宇和海」は新しく開通した内子線で内陸部をショートカットする。
ちなみに旧線には「映えスポット」として有名な下灘駅があるが、実際に行って自分の目で見ると、上手に加工・編集された写真と違って駅と海は意外と離れていることに気付く。
新線と旧線が合流するのが城下町と鵜飼いで知られる大洲駅。
駅を出てまもなく渡る橋から城が眺められる。
いかにも川を背にして小さな街を治めている、凛とした姿の城だ。

11時27分、ついに八幡浜駅に到着。
ここが四国最西端の駅だ。
これまでずっと西へと続いていた予讃線は、八幡浜より進路を南に変えて終着の宇和島を目指す。
つまりこの駅を境にして、予讃線は四国の東西縦貫線から南北横断線へとその性質が変わるのである。
また、近くの八幡浜港からも九州行きフェリーが数多く発着している。

先頭車は一般車だった

佐田岬半島の三崎港行きのバスは駅前より出ている。
しかし時間があるので歩いて道の駅「八幡浜みなっと」まで行き、そこからバスに乗ることにした。
次回は八幡浜からバスで佐田岬半島の三崎港へ行き、さらに半島の先端、つまり四国最西端の佐田岬灯台まで向かう。



コメント