三年天下の国鉄特急車両、キハ185系とその時代【車内や座席など】

四国の車両
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本記事ではJR四国のキハ185系について解説します。
また、観光用に改造された編成についても、九州・四国ともに取り扱いません。

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四国の次世代を担う新型車両

新生JR四国の経営基盤安定化

サッチャー首相やレーガン大統領を旗手として1970~1980年代に世界を席巻した新自由主義は、「ケインズとマルクスの理想郷」とまで呼ばれた戦後日本にも到達し、中曽根政権によって国鉄の分割民営化が1987年4月に行われることが決められました。
これによって本州3社とJR貨物に加えて、JR北海道・JR四国・JR九州が発足の運びとなりますが、これらの「三島会社」は厳しい経営を余儀なくされることは火を見るよりも明らかでした。

そこでこの3社の経営基盤を安定させるために、国鉄の置き土産として新型車両が新製されます。
その際にJR四国向けの特急車両として、民営化を控えた1986年に導入されたのがキハ185系です。
ちなみに同時期にJR北海道に投入されたのはキハ183系の後期型と呼ばれる車両で、見た目もキハ185系に似ています。

四国ではそれまで特急車両にはキハ181系が使用されていました。
キハ181系は1960年代後半~1970年代前半にかけて製造された車両で、国鉄ならではの「重厚長大」な存在でした。
しかし1980年代になると堂々とした貫禄のある列車を走らせる時代は過ぎ、この頃九州で顕著になったように、特急列車といえども体裁にかまわず短編成化したうえで増発して、高速バスに対抗することが求められていました。
輸送量が小さい四国ではなおさらそうでした。

最高速度は110㎞でキハ181系の120㎞と比べるとやや低いですが、当時の四国の鉄道は線路規格が低く、幹線でもせいぜい運転速度が95㎞だったので、特にそれが問題となることはありませんでした。

四国向けの短編成やコストダウンに重点

初期のカラーリングは緑色だった。
後にJR四国のコーポレートカラーの水色を纏うようになる。

キハ185系は輸送量の小さい四国の環境に合わせ、短編成での運用にも対応できるように設計されました。
軽量化のため車体は気動車としては初となるステンレスが採用されます。
また製造コスト削減のために、機器の一部は廃車発生品や既製品が流用されました。

キハ185系はまず予讃本線「しおかぜ」と土讃本線「南風」に投入されます。(1986年当時は瀬戸大橋未開業のため高松発着)
バブル景気と呼ばれたさなか、1988年にはついに瀬戸大橋線が開通したのを追い風に、高松発着の島内特急「いしづち」「しまんと」や、高徳線(JR四国になってからは、路線名の○○本線は全て○○線に改められた)「うずしお」にも活躍の場を広げました。
それまでの国鉄型のイメージとは異なる、私鉄のようなステンレス車体の軽快な新型特急車両は、四国の鉄道の新しい時代の始まりそのものでした。

ステンレス製の車体側面。
乗降扉は片側2か所ある。

新型車両の増備で「剣山」などローカル特急に運用される

新生JR四国のフラッグシップトレインの地位を築いたキハ185系ですが、主役として活躍したのはわずか数年の間だけでした。
たとえ好景気や瀬戸大橋ブームに沸いたといっても、それはあくまで短期的要因に過ぎません。
一方で四国島内の高速道路整備は瀬戸大橋の架橋を機に進展し、さらに沿線人口の少なさや地方の過疎化という構造的な問題が存在したのです。

近代的に設計された道路を走る高速バスに対抗するためには、国鉄から継承したキハ185系では不十分と見たのか、JR四国は新型車両の開発を進めます。
そして1989年、最高速度120㎞にして世界初の振り子式気動車となる2000系(試作車両TSE)が爆誕します。

振り子機能による曲線通過速度向上や出力増強によって、土讃線・予讃線特急は見違えるほどのスピードアップを果たしました。
登場した時期は僅か数年しか違わないはずですが、キハ185系と2000系ではまるで一世代分といっても良いくらいの性能格差があったのです。
親子に見える腹違いの兄弟」とでも表現できましょうか。
早くも余剰車が発生したため、一部の編成は九州へ渡りました。

そして1993年には予讃線の伊予市までの電化に合わせて振り子式電車の8000系が「しおかぜ」「いしづち」に投入されると、先輩のキハ181系は四国から引退。
キハ185系も主要な線区では新型車両に次々と追われ、現在では徳島線「剣山」や牟岐線「むろと」といったローカル特急で主に運用されています。

なお、北海道に同じ使命で以て配属された同期生キハ183系は、振り子式気動車キハ281系の登場後も最高速度130㎞に改造され、世代交代の流れに抗いました。
それと比べるとキハ185系はいともあっさり第一線から退いたものですが、そこには北海道は四国と違って非電化でも線形の良い幹線が多く、振り子式でなくても何とかなったという事情があります。

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キハ185系の車内

現在のキハ185系にはグリーン車はありません。

キハ185系の普通車の車内
普通車の車内

車内は国鉄時代の雰囲気を残しています。
座席の質も内装も現代の車両には到底かないませんが、この古さとて国鉄民営化から30年以上経った今となっては魅力です。
もっとも、リニューアル前の2000系の車内設備の水準ならたいしてキハ185系とは変わりませんし、振り子式でないため振動も抑えられている分、かえって乗り心地が良いともいえます。

キハ185系の普通車の座席
普通車の座席

座席もまあ普通のリクライニングシートです。
焦げ茶色の肘掛けが古めかしくてなかなか落ち着いた印象です。

最後部からの眺望

キハ185系は国鉄時代の特急車には珍しく、先頭の座席からは前面展望が楽しめる設計になっています。
JRになってから「パノラマグリーン車」でこうした座席は増えましたが、自由席でも前が見える車両はあまり多くはありません。

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総評

四国の看板車両になることが期待されたキハ185系ですが、デビュー当時のあまりに早い時代の流れについていくことができませんでした。

しかしその一方で、短編成の運用が可能で使い勝手の良さによって、製造から30年以上経った現在でも細々とではあるものの活躍を続けています。
また急行から格上げたローカル特急や普通列車に使用するという発想は、後のJR東海の373系でも採用されています。

そのため考え方によっては、実力面では時代から早々と取り残されたが、設計思想に関しては時代を先取りしていた車両ともいえます。
よって、「しおかぜ」「南風」のような四国を代表する列車より、キハ185系には今の仕事の方が実は向いていたのではないかと思えます。

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