早すぎる引退、小田急50000形ロマンスカーVSEとその時代【展望席・サルーンの車内や座席など】

私鉄有料特急
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白いロマンスカーVSE

展望席はロマンスカーのアイデンティティーだった

小田急」といえば「ロマンスカー」という言葉が連想されるくらいに、同社の特急列車のブランドイメージは高く、特に先頭車両の展望席に座って箱根に行くというのは一つのステータスと表現してよいかもしれません。
しかし実際には、観光輸送ではなく通勤輸送の利用客数の方が多いというのも事実です。
そのため、1996年に登場した「EXE」は展望席をなくし、一方で編成を分割併合できる実用本位の車両となりました。

ところが実態はともあれ、「ロマンスカー=展望席付きの列車」という固定観念が強かったのか、「EXE」は小田急の看板車両としては今一つな印象が拭えませんでした。
「EXE」を普通に特急車両としてみると、洗練されてシックなスタイルは決して悪い出来ではなく、ロマンスカーとして生まれて来なければもっと評価されたはずの気の毒な存在だといえます。

ビジネスライクなロマンスカー「EXE」

もっとも、展望席に座る人は乗客のうち僅かな割合ですが、正面にも改札口がある行き止まり式の新宿駅では先頭車両が目につきやすいこともあり、やはり展望席があるのとないのとでは箱根旅行の始まりの印象も異なるのでしょう。
その意味で小田急には「顔を見られている」という意識が足りなかったのかもしれません。

そのような反省も踏まえてか、平成不況もようやく終わった2005年、「ロマンスカーの中でも特別な存在」な車両、「VSE(Vault Super Express)」が満を持してデビューしました。
なお”Vault”とはドーム型の天井の意味で、実際に車内がそのような空間になっています(後述)。

伝統と革新を高次元で調和させた名車

まず目を引くのは、その真っ白な車体です。
その貫禄のある気高い佇まいは、2編成だけという希少価値も相まって、「VSE」を特別な存在ならしめています。

ロマンスカーの伝統である連接台車(車両と車両を跨ぐ連結部分に台車がある車体構造のこと)やミュージックホーンを復活させる一方、車体傾斜制御といった走行時の揺れや遠心力を抑える新技術が散りばめられるなど、その完成度の高さからは小田急の並々ならぬ情熱が感じ取れます。

「EXE」を見てがっかりした人達も、孤高のプリンス「VSE」の誇らしげな姿からロマンスカーが進化して還って来たことを実感したでしょう。
車内設備・サービスでも「走る喫茶室」が復活したり、セミコンパートメントの「サルーン」が登場したり、伝統を新しいものに昇華していくわけですが、これらについては次章で解説します。

新型「GSE」が登場するも看板車両の座は維持

景気もようやく上向き、外国人観光客が激増した2010年代後半、展望席付きのロマンスカーは「VSE」の他に「LSE」が運用されていました。
The 昭和のロマンスカー」の雰囲気を漂わせる「LSE」ですが、登場したのが1980年と老朽化が進んでいたために、展望席付きの新型車両「GSE」が2018年にデビューを果たします。

最晩年の「LSE」(左)とデビュー間もない「GSE」(右)

「GSE」はあくまで「LSE」の後継車両という位置づけで、観光だけでなく日常の通勤輸送も考慮した設計なので、新型車両が登場したからと言って「VSE」が陳腐化することはありませんでした。
それどころか、10年以上経っても変わらない貫禄と快適さは、そのクオリティーの高さを我々に再確認させることになりました。

その翌年には、計画から50年、着工から30年にも及ぶ、東北沢~和泉多摩川の複線化・連続立体交差事業が遂に完成します。
これにより、列車の増発・速達化が可能になり、新宿~小田原ノンストップの「スーパーはこね」は、同区間で長年の念願だった所要時間1時間未満(59分)を実現しました。

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2022年3月、まさかの電撃引退発表

こうして「VSE」と「LSE」のツートップ体制も板についた2021年末。
小田急から2022年3月に「VSE」が定期運用から撤退するという、不意打ちとも言うべきニュースが発表されました。
2005年の登場からまだ20年も経っておらず、鉄道車両ではかなり早い引退です。

要因としてはリニューアルを行うにしても、連接台車・車体傾斜制御といった特殊な車体構造のため部品調達が難しいという点が指摘されています。
つまり「VSE」を孤高の存在たらしめていた特別性が今回仇となったようです。
定期運行終了後も臨時のイベント列車などで使われた後、2023年秋ごろに完全引退が予定されています。

なお、歴代のロマンスカーでは過去にも比較的短命に終わった車両があります。
ハイデッカー構造をウリにしながら、そのためにバリアフリーに対応できなかった「HiSE」(1987~2012)や、バブル期に豪華2階建て車両として登場しながらも、その後重視するのが通勤輸送へシフトしたことで使いづらくなった「RSE」(1991~2012)がそれに当たります。

2階建て車両にグリーン車に相当する特別席や個室があった「RSE」。
ロマンスカーミュージアムにて。

いずれも魅力的な個性を備えながらも、環境の変化によりその個性が障害になってしまったケースです。

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「VSE」の車内やサービス

一般席の車内と座席

乗車して第一印象として感じられるのは「明るさ」です。
ロマンスカー伝統のオレンジ色の座席や大型の窓だけでなく、”Vault”の名の通りドーム型の天井に光が当てられている内装からそれを感じられます。
デッキや壁には木目調が用いられ、全体として軽くなり過ぎず堅苦しくなり過ぎずの、バランスの取れた仕上がりになっています。
この辺はデザインの秀逸さで、個々のパーツを目立たせるだけでは良い空間は生まれないというのは、JR九州の車両に乗ったことがある人ならご存じかと思います。

座席そのものはそれ程大したものではなく、寧ろ薄っぺらく思われます。
しかし、乗車時間が長くても1時間半程度のことを考えれば、さほど問題ではないでしょう。
客室の写真を見ると何となくわかりますが、座席は窓の方に少しだけ(5度)傾けて設置されています。

展望席の車内と座席

人気が高くなかなか予約が取りにくいのが展望席です。
正面の大型窓から前面展望が楽しめるので、ここでは窓側よりも通路側の方が良いでしょう。
円弧を描く天井の一般席とは対照的に、展望席は天井が低く、座席は変わらないものの雰囲気はだいぶ違います。

また、前側よりも後ろ展望席は比較的取りやすいです。
私の会社の友人に後ろ展望のヘビーユーザーで、それだけを楽しみに出社している人がいますが、彼によると遠ざかっていくオフィスビルを見ながら酒を飲むのが楽しいそうです。

サルーンは4人用簡易個室

VSEのサルーン席
VSEのサルーン。テーブルは大きくできる。

「VSE」だけにしかない設備がサルーンです。
サルーンは半個室タイプの4人席で、個室単位で販売されます。
値段は利用する区間の特急料金の4倍なので、4人で利用すると追加料金は無しになります。

4人で使うとやや狭い感じがしますが、透明ガラスの仕切りのおかげである程度の個室感覚はあり、テーブルも大型にできるのでグループ旅行に向いています。
また、サルーンのある3号車は定員が12名(4人×3)と少ないので、その分「車両を贅沢に使わせてもらっている」という特権意識のようなものも味わうことができます。

ロマンスカーの車内販売は営業終了

閉鎖されて寂しいカウンター

「VSE」に限らず、小田急ロマンスカーの車内販売の営業は2021年3月をもって終了しました。
小田急では戦後「走る喫茶室」と呼ばれたシートサービスが始まり、1990年代に一度廃止されていました。
「VSE」は観光列車としての特色を強く打ち出していたため、運行開始当初はシートサービスを復活させたわけですが、車両運用の都合上「VSE」独自の施策を行うのが難しくなり、2016年に再度廃止になりました。
以後は他の車両と同様にワゴンサービスが行われていましたが、これもついに消えることとなりました。

「走る喫茶室」の当時のメニューを再現した「日東紅茶とクールケーキのセット」
「走る喫茶室」の当時のメニューを再現した「日東紅茶とクールケーキのセット」。
ロマンスカーミュージアムのカフェにて。

全国のJRで車内販売廃止の嵐が吹き荒れた2010年代にあって、ワゴンサービスは守り通してきた小田急ロマンスカーですが、新型コロナウイルスが決定打となって、また一つ日本の鉄道から文化が失われました。

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孤高のプリンスも同調圧力に屈す

「ロマンスカーの中のロマンスカー」とも呼ばれた「VSE」は、子供からも大人からも人気が高く、その早すぎる引退はショッキングな出来事でした。
関東の私鉄特急の中では東武の傑作車両「スペーシア」と双璧を成す存在です。

敢えてトレンドに逆張りするように特別な観光特急として歩み始め、リーマンショックやコロナ騒動という荒波にも耐えて絶大な支持を得た「VSE」。
それはたった1時間半の移動でも、仕掛けさえあれば人は感動するのだということを、乗客にも鉄道会社にも改めて認識させた功労者でもあります。

心躍る「VSE」の旅

しかし、そんな趣向を凝らした名車も「結局、コストをかけて特別なものを運用するより、ボリュームのある通勤輸送を捌くのが収益性が高い」というドライな論理に抗えずに20年も経たずして消えていくのは、「出る杭は打たれる」閉塞感に満ち満ちた日本社会をそのまま映し出しているようです。

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