スターリンとトランプが同居するチャウシェスクの宮殿、ブカレストの国民の館

海外旅行記

冷戦時代のソビエト陣営に属した旧東欧諸国には、共産主義時代を思わせる建物がいくつかある。
そのなかでも極めつけといえるものが、ルーマニアの首都ブカレストにある。
世界最大級の大きさを誇る「国民の館」である。
床面積はアメリカのペンタゴンに次ぐ第2位、建物の重量は世界一という圧倒的なスケールだ。

ガイドツアーでのみ内部を見学することができる。
2026年4月下旬、英語のツアーに参加した。

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【前置き】ルーマニアの独裁者チャウシェスク

ルーマニアの社会主義時代とは、すなわち共産党書記長ニコラエ・チャウシェスク(在任:1965~1989)の時代だった。
20年以上にわたる独裁体制を築き、最後は革命によって民衆に処刑されるという、壮絶なルーマニア現代史の頂点にいた人物である。

ブカレストの共産主義博物館より

国の威信と自身の権力を誇示するため、1984年にチャウシェスクは国民の館の建設を命じ、1984年に着工された。
政権転換した1989年には計画の中止も検討されたらしいが、建設は大半が完了していたこともあり、結局1997年に主なき国民の館が完成した。

「長期政権を握った末に処刑された独裁者」であることから、その治世は酷いものであったように思われているが、1970年代までは西側資本を導入し工業化が進み、安定的に発展する社会が維持されていた。
しかし石油ショックをきっかけに経済が急速に悪化する。
1980年代には、一人当たり必要なカロリー2700kcalを基準としてタンパク質の摂取量をも配給制で管理するという、極めて非人間的な社会運営が行われていたそうだ。

国民の館に先立って私が訪れた共産主義博物館で見つけたジョークを紹介しよう。

1965年
「もしもし、経済警察ですか?隣の人が食事をしています。」
「それがどうしたのだ?」
「彼らはキャビアをおたまで掬って食べているのです。」
「今(彼らを捕まえに)行く」

1975年
「もしもし、経済警察ですか?隣の人が食事をしています。」
「それがどうしたのだ?」
「彼らは仔牛肉を食べているのです。」
「今行く」

1985年
「もしもし、経済警察ですか?隣の人が食事をしています。」
「今行く」

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ツアーに参加

前置きはこれくらいにして、国民の館ツアーに話を進めよう。
ブカレストのメトロを統一広場駅で降り、大きな噴水から西方向へ「統一大通り」が延びている。
パリのシャンゼリゼ通りを模して造った幹線道路らしい。
その突き当りには巨大な国民の館が、遥か遠くにだがはっきりと見える。
10階建てと十分に高いのだが、面積があまりに広いので押しつぶされたように低い建造物に感じられる。

統一大通りから国民の館を見る

ようやく建物に辿り着いてから、なおも外周を歩く。
入り口で荷物検査を済ませて中に入る。
ロビーは古い市役所のような雰囲気で、奥にカウンターとカフェがある以外はほとんど待合スペースになっていた。

国民の館を見学するには公式から申し込むか、民間会社経由で申し込む2種類の方法がある。
公式は電話しか受け付けていないのでハードルが高く、おそらく日本人なら後者で予約するだろう。
カウンターでeチケットを見せたが、違うと言われた。
民間会社経由の場合は、指定された場所(ロビー)で待っていれば良いようだ。

予定時間より15分遅れて、お待ちかねの国民の館見学ツアー(英語)が始まった。
「私から離れないようにしてください。ここは部屋が3000個以上ありますから、もしはぐれてしまったら誰も皆さんを見つけられません。」
と、ガイドが挨拶をする。

まず見学するのは世界一大きなシャンデリアのあるホール。
まるでオペラハウスのように豪華絢爛とした空間で、実際にコンサートがここで行われることもあるという。
それにしても、ここが政府系機関とは信じ難い。
熱海あたりの昭和レトロなホテルの宴会場に近いような気がする。

その後階段を登っていく。
手すりや扉の濃い色調をした木目調に装飾過多の金細工、そして大理石と、部屋以外でも抜かりなく重厚な雰囲気が保たれている。

やがて絵画や民族衣装が飾られたギャラリーに着いた。
一応「国民の館」を名乗るだけあって、ルーマニア文化の発信が行われており、また建築素材もなるべく国内産のものが使われているという。

ここでガイドが「ところで、ここは何階だと思いますか?」と突然クイズを出す。
登ってきた階段から考えて、だいたい5階前後との回答が多かったが、実はここが地階(日本で言う1階)だった。
入り口がかなり地下にあったわけだが、建物が巨大すぎてもはや距離感覚がマヒしている。

その後も贅を尽くした部屋をいくつか見学した。
「どこかで見たことのある部屋だな」と思っていると、シナイア(ルーマニアのトランシルヴァニア地方)にあるペレシュ城を模したドイツ式の内装の部屋だった。
昨日行ったばかりの場所ではないか。

国際会議にも使われる部屋には、通訳のためのブースもあった。
この建物のなかでは明らかに異質な、簡素で小さなプレハブの長屋だ。
上座に当たるチャウシェスク用の椅子は他の椅子よりひと際大きくなっていて、参加者の序列を意図的に可視化する意図が垣間見られる。

なお、ツアー中に通ったホールでは企業のイベントが開催されていた。
建物の性質上、私的な目的(結婚式など)での利用はほぼないらしいが、ビジネスの会合ではそれなりに使われているようだ。
スーツを着たイベント参加者たちの横を観光客の一団が通り過ぎていく。
何やら不思議な光景だ。

ツアーは1時間程で終わった。
終始あっけにとられていたが、実際見たのは建物のほんのごく僅かに過ぎない。
全体として、ヨシフ・スターリンとドナルド・トランプの趣味を足して2で割ったような世界観であった。

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国民の館の美的価値と道徳性について

ところで、国民の館に関してはガイドブック等では必ずと言っていいほど、「国民が貧しい暮らしを強いられている中で、チャウシェスクの私利私欲のために莫大な資金を投入して建設された」といった類の非難がなされる。
むろん、この解説は間違いではない。
しかし、観光客が訪れる城・宮殿など、あらゆる歴史遺産には多かれ少なかれそうした要素がある。
大義名分を次から次へとでっちあげて、ヨーロッパ中で戦争を巻き起こしたルイ14世の造ったヴェルサイユ宮殿に比べれば、チャウシェスクによる国民の館の「罪深さ」さえも霞んで見える。

それどころか、国民の館は観光客用ツアーやビジネスの会合、またはコンサートで使われている分、かなり有用性・経済価値の高い歴史遺産である。
それに比べて、我々の身近な歴史的・文化的・権威的象徴たる皇居はどうだろうか?
過密都市・東京のど真ん中にありながら経済的価値を生み出さない皇居に対して何の疑問も持たない日本人が、なぜ地球の裏側のルーマニアにある国民の館を目の敵にするのか、私には理解できない。
皇紀2680余年間、万世一系の国体・国家のために犠牲になった人の数は、たかだか20年ちょっとで終わったチャウシェスク政権下における被害者とは比べ物になるまい。

当然のことながら、私は皇居の存在を否定しているわけでも、共和制を主張しているわけでもない。
皇居や天皇制の経済的価値について論じることほど野暮なことはない。
つまり、経済性・機能性・そして移ろいやすい道徳性で測れない芸術的・空間的価値を尊ぶ立場からは、国民の館も(仮にそれが不幸なものであっても)歴史を体現した造形美として肯定する姿勢こそが文明に対して誠実だと言いたいのである。

国民の館を後にしながらそんなことを考えるも、体はまだツアーで目にした圧倒的で権威主義的な世界観から抜け出せていない。
20世紀初頭の雰囲気が残る旧市街のカフェでコーヒーを飲みながら、心身ともにリフレッシュした。



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