梅雨後半の日本の7月上旬は旅行に行きたくなる季節ではないが、梅雨がない北海道は例外である。
他の地域よりは涼しいし、何より湿度が低いのでカラッとしていて過ごしやすい。
そんなわけで2025年7月の第2週、私(185系)と元同僚で某寺院副住職の地蔵氏の二人は、2日間レンタカーで道東の大地十勝を巡った。
廃止された国鉄士幌線の関連設備を見たい私と、十勝平野の直線畑を車で運転したい地蔵氏の興味が嚙み合ったのだ。
本記事は第5回。
士幌線廃線跡巡りを終えて、ぬかびら温泉郷からほど近い然別湖温泉に宿泊した。
なお「亜阿房列車」とは題しているものの、今回は実際に列車に乗るわけではなく、廃線跡や駅跡を訪れてかつて列車が走っていた姿を偲ぶのが目的である。
眺望抜群の特別室
士幌線廃線跡巡りから大雪ダムまで足を延ばしてたのが前回記事の内容だった。
また来た道を引き返して、ぬかびら温泉郷からパールスカイラインという道路で幌鹿峠を越えた然別湖が今回の投宿先だ。
真珠(パール)とは何の関係もなく、スカイと言うほど眺望が優れているわけでもない、とにかく九十九折の道だった。
途中からは一車線の狭い山道になり、「路肩が崩れやすいので注意」という標識もあった。
「そんなん言われても困るよ!」
さすがにお疲れ気味の地蔵氏が至極真っ当なツッコミを入れる。
木々の間に然別湖が見え隠れし、遠方には建物が現れた。
17時頃、ついにホテルに着いた。
ぬかびら温泉郷と違って「温泉街」といえるものはなく、道路の向かいにある別の大型ホテルは廃業していた。
人里から隔絶された所である。
駐車場に入ろうとすると、ホテルの入口で待機していた従業員が寄ってきた。
指示を仰ごうと、助手席にいた私が窓から覗くと、彼は”This parking is full.”
などと言う。
「それで、どこに停めたらいいんですか?」
言われた通りの場所に車を停めた。
「なあ、いつもこうなんやけど、なんで外国人やと思われたんやろか?」
地蔵氏は首をかしげるばかりだ。
フロントでチェックインをする。
「夕食の時間はいかがされますか?」と係に聞かれると、
“Which time do you like”
地蔵氏までもが私の方を向いてたどたどしく尋ねた。
“As you like.Maybe 6PM”
「”OK.”じゃあ、6時からでお願いします。」
チェックインが終わった。
「なんか、私が海外からのお客さん連れてきたみたいだね。」
クスクス笑いながらエレベーターに乗った。
地蔵氏が予約した部屋は最上階の角部屋。
館内に一つしかないレイクビューの特別室だった。
「ご覧の通り、貴賓室を手配いたしました。」
いやはや、「レイクビュー」というよりは「湖上」といった感覚である。

部屋の広さと眺望に一通り感動してから、夕食前に2階の大浴場へ行く。
黄色く濁ったお湯から硫黄と鉄の匂いが溢れんばかりだった。
露天風呂は湖と遊歩道がすぐ目の前だ。
「なんか中禅寺湖(頻繁にドライブで訪れている)を思い出すなぁ~」と地蔵氏が感傷に浸る。
「このむせ返るような鉄の香りは、士幌線廃線跡巡りの仕上げにぴったりです。」
部屋に戻って、まだ夕食まで時間があるので、道の駅で調達した地ビールで風呂上がりの祝杯を挙げよう。
ワーグナーのオペラの旋律(「さまよえるオランダ人」第三幕冒頭。船乗りたちが酒盛りを始める場面)を口ずさみながら瓶を開栓して、改めて一日中運転してくれた地蔵氏をねぎらった。

夕食は部屋食だった。
とにかく品数が多い。
ニジマスやホタテの刺身、アマゴの塩焼き、豚しゃぶにカニも出てきた。
いかにも北海道の僻地の湖でいただく料理だ。
「さすが185系さん、やっぱり関西人はカニの食べ方がうまいですねぇ。」
そういうものなのか?

御馳走を終えて、道の駅で購入した十勝ワイン(赤)を開けた。
ライト~ミディアムボディで色はルビーで薄い。
「見た目は軽いけど、香りや味わいはなかなか個性的やね。うちの会社でいうと、ほら○○君みたいな人。一見すると軽薄な若造のようで、話してみるといろいろ趣味や特技があって面白い奴やんか。言うてる意味分かる?」
「はあ、半分くらいはね。」
北国の夏は日没が遅いのか、それとも月があまりに明るいのか、いずれにせよ20時でもまだほんの少しだけ明るかった。
酔い覚ましに二人で外に出ることにした。
気温は20度、風も涼しい。
35度近くだった帯広の昼間とは大違いである。
早寝早起き型の地蔵氏はもう眠ってしまった。
部屋を暗くして一人でワインの続きを飲む。
満月が照らし出した光の橋が湖上で揺らめいていた。

翌朝:然別湖の湖底線路
5時半ごろに目が覚めた。
「おはようございます。私はもう朝風呂入ってきましたよ。185系さんも是非行かれるといいでしょう。」
「おはようございます。では風呂行った後は周辺を散策します。朝食の7時までには帰ってきますよ。」
朝風呂ですっきりした後、ホテル近くより続く「然別湖畔展望線遊歩道」を散策した。
ホテルから鹿追町方面への国道(昨日来た道の反対側)はトンネルになっているが、遊歩道は湖畔に沿った道である。
アスファルト敷きでガードレールや標識があることから、トンネルができる前はこれが国道だったと思われる。
「廃線跡歩き」ならぬ「廃道跡歩き」のようで楽しい。


トンネルの出口と合流する所で遊歩道は終わりだった。
国道をさらに10分弱歩くと有名な湖底線路があるのだが、それだと朝食に間に合わないのでチェックイン後に寄ることにしよう。
と思った矢先、「185系さ~ん。」と地蔵氏の声がするではないか。
「これから湖底線路行かない?」
「おう、でもなんでここにいるって分かったん?」
「部屋から185系さんが遊歩道に入っていくの見えたんですよ。それで頃合いを見計らって来たわけです。」
タクシー配車アプリでもこれほどジャストタイミングにはなるまい。
あっという間に湖底線路に着いた。
なぜ然別湖に湖底線路があるのか疑問だった。
糠平湖のように人造湖によって線路が水没した例はあるが、然別湖は数万年前の火山活動でできた湖である。
調べてみると、ただ遊覧船を引き上げるための線路らしい。
SNSでは「映えスポット」として有名だが、神秘的な光景だなと思うだけでそれ以上でもそれ以下でもない。
それに、もちろんこの線路は「鉄道」ではない。
が、そんなことはどうでもよい。


とにかく、特筆すべきは水の透明さである。
二人でズボンをまくり上げて裸足になって湖に沈んだ線路を見る。
思った以上に水は冷たかった。
地蔵氏のファインプレーのおかげで、大変有意義な朝飯前を過ごすことができた。
朝食も部屋食で豪華なものだったが、私は最近朝食を摂る習慣がないので半分も食べられなかった。
8時頃にチェックアウトした。
これから再びぬかびら温泉郷まで行って、今回の大本命であるタウシュベツ川橋梁ツアーに参加する。
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