2023年12月、世界中の夜行列車ファンがずっと心待ちにしていた日が来ました。
オーストリア国鉄が運行する寝台列車「ナイトジェット」に新型車両が登場したのです。
その寝台車は従来車両と比べて格段に快適性が向上しています。
2024年3月初旬、待ちきれなくなった私は、ドイツのハンブルクからミュンヘンまで新しいナイトジェットの個室寝台車に乗りました。
本記事では、新型ナイトジェットの寝台車の車内・設備やその運用について、実際の乗車記と共に紹介していきます。
なお、ナイトジェットの予約方法など全般的な内容に関しては、ナイトジェット総論の記事をご覧ください。
寝台車の車内・設備
寝台車にはcomfort compartmentとcomfort compartment plusの2種類がある
ナイトジェットのクラスを大きく分けると、安い順に座席車・クシェット(簡易寝台車)・寝台車があります。
寝台車は洗面台付きの個室寝台(compartment)です。
普通のcompartmentの他に、さらに上のクラスのデラックス寝台compartment plusがあります。
新型ナイトジェットでは、個室は”comfort compartment”と呼ばれ、デラックス寝台はcomfort compartment plusとなります。
冒頭申し上げた通り、新型ナイトジェットの寝台車はかなり進化していて、従来の一般的なcompartmentと新型のcomfort compartmentでは大きな格差があります。
まず、新型の寝台車は1部屋当たりの最大定員が2人(従来型は3人)となりました。
全体的に部屋が大きくなり、1両当たりの個室の数は12個から10個に減っています。
またベッドとは独立して椅子が一つあります。
よって2人で利用する時でも下段ベッドに並んで座ることなく、相対して過ごすことができます。
2つ目の大きな進化は、普通寝台であっても各部屋にトイレが付いていることです。
つまり新型車両のcomfort compartmentは、従来車両のcompartment plusに匹敵するアコモということになります。
またシャワー用のホースがあるので、多少無理がありますがトイレでシャワーを浴びることもできます。
換気は良いので30~40分くらい経ったらトイレを普通に使えるようになるでしょう。
ちなみに構造上トイレットペーパーは濡れにくいようになっているので、その点は心配いりません。
それでは新型のcomfort plusの付加価値は何か?というと、実はそれほど変わりません。
普通寝台と比べて個室がやや広くなっていることと、トイレだけでなく独立したシャワーブースも個室に備えられていることの2点が挙げられます。
1人用として使う場合には100€以上の追加料金が必要なこともあり、正直価格差に見合った付加価値があるとは思いません。
以上、まとめると下の表の通りになります。
最大定員 | 広さ | トイレ | シャワー | |
従来車両のcompartment | 3 | 普通 | 車両端に有り | 車両端に有り |
新型車両のcomfort compartment | 2 | やや広い | 個室に有り | 一応個室に有り |
従来車両のcompartment plus | 3 | 普通 | 個室に有り | 個室に有り |
新型車両のcomfort compartment plus | 2 | 広い | 個室に有り | 個室に有り |
食事や飲み物をクルーに注文できる
ナイトジェットには食堂車はありません。
ただ、個室内には車内販売メニューがあって、各号車にいるクルーに注文することができます。
ソフトドリンク・アルコール・軽食の他、ホットミールもあります。
メニューはこちらのページから”menu in the compartment”のリンク先を参照してください。
支払いはクレジットカードも可能です。
もっとも、機械の故障か通信不良でうまくいかないことが時々あるので、一応現金の用意もあったほうが無難です。
ユーロまたはスイスフランが使えます。
アラカルトの朝食サービス付き
ハンドタオル・石鹸などのアメニティセットやスリッパ、そしてウェルカムドリンクとしてミネラルウォーターとドイツ産のスパークリングが無料で貰えます。
特にスリッパは記念品として持って帰ると良いと思います。
私も執筆中の現在、ナイトジェットスリッパで寒さをしのいでいます。
さらに、寝台車のチケットには朝食が含まれています。
乗車すると個室に朝食のメニュー表(英語あり)があるので、好きな品目を6つチェックを入れてクルーに渡します。
翌朝(たいてい目的地到着の30分~60分前。相談可能。)に希望した内容の朝食を個室に持って来てくれます。
パンやコーヒー・紅茶といった基本的なものも選択肢に入っています。
パンは大きくて固いものが2つ出てくるので食べ応えがあります。
車内は乾燥するのでオレンジジュースがあると良いでしょう。
それから、個人的にはレバーペーストがおすすめです。
これが1つあればパン1.5個分くらい攻略できます。
新型車両の運用と予約時の車両判別方法
ナイトジェットのうち新型車両で運用される列車はまだ少数です。
2024年3月の時点ではウィーン~ハンブルク、インスブルック(オーストリア西部チロル州)~ミュンヘン~ハンブルク、そしてウィーン~ブレゲンツ(ドイツ・スイス国境近くのオーストリア最西部)の3路線に投入されています。
今後も新型車両の運用が拡大することを期待したいものです。
さて、ナイトジェットを予約する時にどの車両が運用されるかを判別することができます。
設備を選択する画面で寝台車のタブを見ましょう。
新型車両の場合は”compartment”の前に”Comfort“の文言が付いていて、plusのみならず全ての個室にトイレがあります。
また従来の車両ではあった3人用の”Triple”はありません。
“Comfort”が付いており、普通の個室寝台にもトイレがある。
他にも多数の判別ポイント有り
乗車記【ハンブルク・アルトナ駅→ミュンヘン中央駅】
この時聞いたブルックナー交響曲第9番の重厚な響きがまだ脳裏に残っている。
3月上旬のハンブルクは気温が10度前後とそこまで寒くはなかった。
しかし、冷たい風が強く吹き込むので体感温度はずっと低く感じる。
どんよりと街を覆う分厚い雲を突き刺すように、気の遠くなるほど高い教会の塔が天に向かって聳えている。
やはり北ドイツの港町はこうでなくてはならぬ。
18時を回って暗くなるとますます重苦しい空気になり、大きなレンガ造りの倉庫や教会の塔は闇に消えた。
ハンブルク市街中心からアルトナ駅へSバーンで向かう。
もちろんナイトジェットを始発駅まで迎えに行くのだ。
駅にはスーパーや軽食レストランがあり、夜行列車を待つ場所としては便利だった。
出発30分前にホームに行くと、通勤電車の間に新型ナイトジェットが入線していた。
やはり行き止まり式の駅に停まる夜汽車の姿はいいものである。
私が乗る寝台車は一番後ろの車両だった。
チケットを見せて乗り込む。
なぜか私の部屋がロックされていたので開けてもらった。
部屋を覗いて思わず歓声をあげた。
今までのナイトジェットの寝台車より広く、機能的である。
壁のドットデザインはオーストリアの自然を表しているのだろうか?
また、室温だけでなく照明の明るさと色まで変えることができるのは面白い。
ごみ箱は椅子の下に、充電用コンセントは上下ベッドの枕元にある。
いろいろいじくっているとドアがノックされ、女性クルーがドイツ産スパークリングワインのゼクトを持ってきた。
英語とドイツ語を交互に使いながら、朝食はミュンヘン到着1時間前の朝6時だと言って去っていった。
早速出発前の「食前酒」としてゼクトをいただく。
アルトナ駅から乗ったのはこの車両では私一人のようだ。
19時56分、定刻通りにハンブルク・アルトナ駅(Hamburg-Altona)を発車。
ちょうど隣のホームに通勤電車が到着したところで、降りてきた学生たちの視線を浴びた。
中央駅に着く手前で、内アルスター湖と外アルスター湖の境を通る。
個室側の進行方向右手には、内アルスター湖に面した建物の灯りがこぼれている。
うっすらと教会の塔も見えた。
アルトナ駅から乗るのは、「アーリーチェックイン」以外にもこのようなメリットがある。
ハンブルク中央駅(Hamburg Hbf)ではスキー用具を持った人が大勢乗って来て、寝台車はほぼ満室になった。
アルトナ駅のスーパーで購入したハンブルクのビール、続いてドイツの赤ワインで晩酌の本番を始めよう。
個人的には照明は青色が一番好みだった。
最初の章で述べた通り、plusではない通常の個室でもトイレ付洗面台でシャワーを浴びることができる。
わりと早めの時間に済ませたのでお湯は全く問題なく出た。
もっとも最大20人分のお湯を供給できるかは疑わしいので、シャワーは早めに浴びることをおすすめする。
それでは、おやすみなさい。
と言いたいところだが、ベッドが窓のそばに線路の方向なので、駅に停車したときなどは外の様子が気になってなかなか眠れなかった。
翌朝。
予告通り6時に朝食が運ばれてきた。
テーブルは大きいので2人分のトレーが置けそうだ。
朝食を食べているうちにだんだんと外が明るくなった。
残念ながら列車は遅れることなく時間どおり走っているようだ。
ミュンヘン郊外では通勤電車と並走した。
さすがに東京の電車よりは空いているが、まだ薄暗い中出勤する車内の人々は暗い顔をしてうつむいている。
コーヒーを飲み終え、荷造りも完了した。
ミュンヘン中央駅(Muenchen Hbf)に7時過ぎに到着。
列車この先インスブルックまで行くが、ほとんどの客がここで下車したようだった。
同じドイツとはいえ、ハンブルクからミュンヘンに着くとまるで違う国に来たように感じる。
言葉に関しては挨拶が”Guten Tag”(グーテンターク)から”Gruess Gott”(グリュースゴット)になることくらいし分からないが、街の雰囲気もだいぶ異なる。
また南ドイツはカトリック圏内なので教会の内装が優美になる。
ドイツの東西は人為的に作られたものだが、南北は歴史・文化に根差した奥深いものがある。
私も日本人なので北ドイツでは魚料理があって嬉しくなったが、ミュンヘンに来たので肉とビールを堪能しよう。
夜行列車の新時代
これまでのナイトジェットは、車両そのものは他の中欧諸国の「ユーロナイト」と大して変わらないものでした。
今までの編成が既存のブルートレインを使った「あさかぜ」「はやぶさ」なら、新型車両は「サンライズ出雲」「カシオペア」に当たります。
ヨーロッパの夜行列車の救世主となったオーストリア国鉄のナイトジェット。
感傷に訴えるだけでなく、時代に合った車両・設備がこの度登場したことにより、「21世紀のウィーン体制」も確固としたものになりました。
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