大阪から奈良までJR線を使って行く場合、たいてい選択肢としてあがるのは大和路快速だろう。
しかし土休日限定で、車両・運行経路共に非常にユニークな特急「まほろば」が、大阪・新大阪~奈良を走っている。
いつもとは違う特別な奈良旅行に出かけることにしよう。
リニューアルされた683系
JR線快速、あるいは近鉄で行くのが一般的な大阪~奈良に敢えて登場した特急列車「まほろば」は、2つの点で非常にユニークな存在だといえる。
まず1つ目が車両。
2025年春に投入された「安寧」編成は、見るからに他の特急車両とは一線を画す外観となっている。
高貴さを感じる深い紅と金の配色は、国鉄色(赤とクリーム色)の進化系を思わせる。
正面や側面にあしらわれた瓦や唐草模様をイメージしたエンブレムが、古代の美意識を表現している。
エンブレムをよく見ると鹿や金魚といった、奈良に関係のあるものが描かれている。


内装も大幅にリニューアルされていて、車内は華やかさと温かみを感じる。
ちなみに「まほろば」の車両は北陸線特急「サンダーバード」に使われていた683系が新幹線開業によって余剰になったために、これを改造したものである。
事情はともかく、当の683系からすれば、戦に明け暮れる北国の大名から出世して都で天平文化を謳歌する貴族となったような気分であろう。


もう一つの特徴は運行経路である。
一般的なのは大和路快速の大阪環状線・大和路線(大阪~天王寺~奈良)経由だが、「まほろば」はおおさか東線を通るルートとなる。
おおさか東線は2019年に全線開業した新しい路線で、貨物線を旅客線化した関係で既存の線区に合流したり分岐したりを繰り返す、せわしなくも面白いルートである。

国土地理院の地図を加工して利用
なお定期列車ということになっているが、運転日は土休日のみなので要注意。
基本は大阪を朝発・夕方着の1日1往復で、期間によってはその間の時間帯に1往復増便される。
予約はe5489の「まほろばチケットレス特急券」が安い
「まほろば」は全席指定の特急列車である。
そのため乗車券の他に指定席特急券が必要となる。
大阪~奈良の指定席特急券を普通に購入すると1,730円だ。
同区間の840円と比べて明らかに高くてガッカリした人もいるだろう。
しかし安心してほしい。
e5489から購入できる「まほろばチケットレス特急券」ならこれが860円になるのだ。
数量限定の早期割引や会員限定商品ではないので、「まほろば」に乗るならチケットレス一択だろう。
もちろんシートマップから好きな座席を選ぶこともできる。
乗車記:大阪駅は地下のうめきたホームを発着
8月上旬の土曜日、大阪駅9時58分発の特急「まほろば」に乗りに行く。
この列車の発着ホームは地下のうめきたホームなので注意しよう。
例えば神戸線からだと、塚口寄りのホーム端から連絡通路を歩いて5分はかかる。
うめきたホームに着いたのは出発15分前だったが、「まほろば」は既に入線していた。
地下のホームに深紅と黄金の格調高い車体がより一層映える。

大阪駅を出発した。
始発が地下ターミナル駅というのは、どこか私鉄に乗っているような気分になる。
すぐに地上に出て淀川を渡り、新大阪駅の端っこのホームに到着した。
乗客は車両あたり20人足らずと少なかった。
この先の停車駅は法隆寺駅そして終点の奈良駅だけである。

ゆっくりと東海道線(JR京都線)と並走し、神崎川を渡ると大きく右に分岐していく。
いよいよとなったところで車内放送が入り、車両のデザインについて説明を始めた。
それはともかく、先ほど渡ったばかりの神崎川を再び渡るのが興味深い。
おおさか東線が元は貨物線だったことは既に述べたが、その出自といい、都心の環状線の外環線であることといい、東京の武蔵野線と同じ性質である。
こういう路線を走る特急に乗るのは楽しい。


住宅街をノロノロと走り、今度は淀川の2回目の渡河。
向こうに見える大阪都心と比べると、この辺りは庶民的な雰囲気だ。
もっとも貴族的な装いの我が「まほろば」用683系は、「サンダーバード」時代に日本屈指の高速運転をしていたことも忘れて、「130㎞/h運転など下々の車両にさせておけぃ」と言わんばかりの悠長な走りである。

やがてJR東西線と合流して放出駅までは賑やかな複々線となる。
右手には中小工場がひしめく大阪らしい光景が、右手に塞がる生駒山地の向こうが大和の国である。
ここでも車内放送が沿線の車窓案内をした。

久宝寺駅ではJR大和路線と合流する。
ここも通過駅だが一旦運転停車した後、特に何事も無く発車した。
分岐と合流を繰り返しながらフラフラ放浪していた「まほろば」も、ようやくこの路線に収まると安心したのか、本来のスピードで走り始めた。
近鉄と違ってJRは生駒山地を南に回り込むように越え、その途中には大和川沿いの渓谷区間もある。

車掌が乗客に乗車記念証を配った。
この記念証で春日大社の国宝殿の特別展が割引になるらしい。

奈良盆地を快走し、右手前方にお椀の形をした草原のような若草山が見えてくると終着の奈良駅である。
高架化されて駅自体は月並みなものになってしまった。
歴史ある駅舎は観光案内所として使われているが、こちらも内部は低俗なインバウンド客ホイホイ施設となっていて残念である。


奈良駅から観光地へは近鉄奈良駅の方が近く、いずれにせよバスで行く。
あいにく外は猛暑で、敢えてこんな時期に観光することもなかろうというわけで、奈良公園で鹿を見てから引き返してきた。
個性的な列車だが、ライバルの「あをによし」には及ばないか
見違えるほど垢抜けた、唯一無二の個性を持つ「まほろば」だが、実は強力なライバルが存在する。
近鉄の観光特急「あをによし」である。
「あをによし」は様々なバリエーションの座席や、グッズや飲食を販売するカウンターも備えている。
「まほろば」も車両の外観やインテリアは十分優れていると感じたが、車内設備に関しては劣後していると言わざるを得ない。
実際に、「あをによし」が予約困難とされており、土曜日でも空席が目立つ「まほろば」とは対照的である。
車内販売を行うとか、パーテーションを増設して簡易個室風にするとか、工夫の余地はありそうである。
「あをによし」のように、運転区間を大阪~奈良~京都に延ばして乗車チャンスを増やすのもいい。
「敢えて乗る」列車だけに、更なる付加価値の提供に期待したい。
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