稠密な北九州の鉄道網
時刻表で北九州の路線図を見ると、ある事に気がつきます。
それは筑豊地域と呼ばれるエリアの鉄道網が、大都市並みに発達しているということです。
実際のところは単行運転のディーゼルカーが走っているだけにもかかわらず、複線化されている路線も散見されます。
この地域はかつて石炭の産出地として栄えた歴史を持っており、石炭輸送のために鉄道が路線網を広げていたのです。
昭和30~40年代は今よりもさらに多くの路線が張り巡らされていました。
当然エネルギー政策が変わったことで、この地域の鉄道は光を失ってしまいますが、当時の面影は今でも随所に感じられます。
小倉から約6時間、この地域の鉄道を時計回りに巡ってみました。
その主要な見所などをご案内します。
ルート
- 小倉→行橋 日豊本線
- 行橋→田川伊田 平成筑豊鉄道田川線(旧国鉄田川線)
- 田川伊田→金田 平成筑豊鉄道伊田線(旧国鉄伊田線)
- 金田→田川後藤寺 平成筑豊鉄道糸田線(旧国鉄糸田線)
- 田川後藤寺→新飯塚 後藤寺線
- 新飯塚→折尾 筑豊本線
- 折尾→小倉 鹿児島本線
平成筑豊鉄道は第三セクターの鉄道事業者で、国鉄の路線を継承しています。
今回のルートでは、JRのみならず各私鉄にも乗車可能な「旅名人の九州満喫きっぷ」を使用しました。詳しくは
「旅名人の九州満喫きっぷ」活用ガイド【補完戦略付き】
をご覧ください。
筑豊の鉄道巡り
行橋から平成筑豊鉄道田川線で田川伊田
特急が30分毎に走る日豊本線の工業地帯を走り、行橋駅で平成筑豊鉄道に乗り換えです。
うって変わって長閑な風景が広がり、駅名も「今川河童」「源じいの森」など、それまでとは別の世界に迷い込んだようです。
途中の油須原駅は行き違い設備を持つ広い駅です。
かつてこの油須原駅と漆生駅(既に廃止)を結ぶ油須原線の建設が進んでいたものの、石油への転換により放棄されてしまった歴史を持ちます。
列車は程なくして、田川伊田駅に到着します。
ここでは是非途中下車したいです。
田川伊田駅
田川伊田駅はこの地方の中心的な駅です。
旧田川線・旧伊田線・日田彦山線が交差する鉄道のジャンクションです。
広々とした駅構内と古めかしいホームが、かつての繁栄を物語っています。
おそらくつい最近でしょうが、駅舎は明治・大正風な新しいものになっています。黒はおそらく石炭をイメージしているのでしょう。
駅舎内の施設はまだオープンしていませんでしたが、駅を見下ろせる展望スペースはありました。
ホームを散策しているとまるでタイムスリップした気分になれます。
後藤寺線もなかなか魅力的
田川伊田駅から伊田線に乗ります。
伊田線は田川伊田から筑豊本線の直方駅を結んでおり、複線化された立派な路線です。
途中の金田駅で糸田線に乗り換えます。
糸田線は金田駅と田川後藤寺駅を結ぶ単線の路線で、途中駅はまるでバス停のようです。
田川後藤寺駅からはJRの後藤寺線に乗り換えです。
この駅も田川伊田駅と同じ様に、古くていい味を出しています。
後藤寺線で注目を引くのが途中の船尾駅です。
迫力のあるセメント工場が、駅のすぐ傍に迫っています。
石灰石の輸送に活躍したであろうこの駅も、今では雑草の生い茂る線路跡地が広がっています。
直方駅で明暗の別れた筑豊本線
筑豊本線の光と影
後藤寺線の終着、新飯塚駅からは筑豊本線で折尾を目指します。
筑豊本線はその名が示す通り、この辺りの路線の中心的存在でした。
今では、博多の隣の吉塚駅と筑豊本線の桂川駅との間に篠栗線が開通したことで、博多~桂川~折尾~黒崎のルートは「福北ゆたか線」という愛称がつけられています。
もっとも、筑豊本線のうちで博多と強く結びつけられているのは直方駅までで、この駅を境に運転系統は別れ、直方~折尾間はローカル線の様相を呈しています。
ベッドタウンとして栄える直方駅
直方駅もかつて石炭輸送の拠点として賑わいましたが、現在では福北ゆたか線の博多行き電車が数多く発着しています。
駅前広場には直方市出身の力士・魁皇の銅像があります。
博多~直方間を福北ゆたか線経由で結ぶ特急「かいおう」は、彼にちなんで名づけられています。
駅前に駅弁「かしわめし」で有名な東筑軒のお店があります。
お弁当も買えますし、かしわの入った「かしわうどん」も食べられます。
折尾からは複々線区間を行く
立体交差がなくなった折尾駅
折尾駅は鹿児島本線と筑豊本線の立体交差と、立派な駅舎で有名でしたが、高架化が行われた結果いずれも見られなくなってしまいました。
筑豊本線は鹿児島本線の下をくぐるのではなく、駅の近くに作られたトンネルを通って鹿児島本線に並ぶような構造になります。
鹿児島本線の黒崎方面から筑豊本線への直通列車が利用するホームは、やや離れた位置にあります。
このホームも高架化事業完成の暁には廃止されます。
鹿児島線の複々線区間
鹿児島本線の門司~折尾間は複々線です。
複々線化されたのは、まだ貨物列車が多数走っていた時代なので、旅客列車と貨物列車を分離する形になっています。
沿線の都市化により旅客列車は増えた一方、貨物列車の本数は減り、線路の使用にはアンバランスが生じています。
筑豊の鉄道から分かること
かつては石炭を積んだ貨車が走り回っていた筑豊地方。
廃止された路線もあれば、昔の面影を残しながら衰退していった路線もあります。
一方で福北ゆたか線は、都市圏と結び付けられて生まれ変わった事例として示唆に富んでいます。
また、平成筑豊鉄道は駅を新設したり、運転本数を増やすなどして地域密着輸送に励んでいます。
与えられた使命を終えた線路でも、工夫次第でまた違った形で活用できるということを、これらの路線は教えてくれます。