【2位じゃダメなんですか?】47都道府県の「副県都」を考える(中部・北陸編)

考察

日本には47の都道府県があり、それぞれが個性を持っている。
しかしその「個性」というのは県庁所在地、つまり県都のイメージによるところが非常に大きいのではないだろうか?
そこで、各県をよりよく知る手掛かりとして、2番手の都市、つまり「副県都」を考えていきたい。
まず本記事で使用する自作の理論的フレームワークについて説明した後、各県ごとの考察を続けてゆく。

九州・沖縄地方の副県都
中国・四国地方の副県都
近畿地方の副県都

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【理論編】副県都を決める4つの基準

  • ①規模
    2番手を名乗るからには当然規模が大きい方が望ましい。
    指標:人口・商品販売額
  • ②経済地理的中心性
    地理的に県都から離れ、別個の経済圏の中心として独立していることが望ましい。
    指標:昼夜間人口比率・商品販売額
  • ③歴史的独自性
    古代律令制度における国、あるいは江戸時代の藩が県都と異なる方が望ましい。
  • ④風土的多様性
    やや曖昧だが、「内陸部と沿岸部」や「日本海側と太平洋側」など、県都とは異なる風土や文化的特徴が評価の対象になる。

副県都は単なる「2番目に大きな都市」ではない。
県都に対して並び立つ「2番手の都市」なのだ。
例えば日本の東京都に次ぐ副首都となる道府県を考えた時、最も支持を集めるのは人口が2番目に多い神奈川県ではなく大阪府であろう。
それは規模だけでなく、関東に対峙する関西としての経済圏や歴史、そして方言を筆頭とする文化的特徴を、我々が大阪に見出すからに他ならない。

副県都がこれら4つの基準をすべて満たすのが理想的だが、実際にそんな都合の良い都市はなかなかない。
例えば①をたてると②が犠牲になる、といった具合である。
また各規準ごとに客観的に点数化しているわけでもないので、結局は私の独断と偏見になることを断っておく。
それでも、「食べ物がおいしいから」「自然が豊かだから」を根拠とした、巷に溢れる「2番手だと思う都市ランキング」のようなコタツ記事よりは遥かに価値がある内容だとは自負している。

資料は基本的に「データでみる県勢第35版」と「JTB時刻表2025年3月号」による。
昼夜間人口比率はtown-lab.を参照した。

それでは中部・北陸地方の副県都を検討していこう。

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愛知県⇒豊田市

赤:県都 青:副県都 緑:他候補
白地図専門店(https://freemap.jp/)より加工して利用
以下の地図も同様

県都名古屋市に次ぐ県内人口2位の都市は豊田市である。(①の基準)
言わずと知れた世界的自動車メーカーの城下町で、日本で最も工業が発達した都市となっている。
また昼夜間人口比率と商品販売額も申し分ない。
よって通勤・通学のために人が流入し、市内での商業規模も大きい、つまり都市が地域経済の中心(②の基準)として機能していることが分かる。
愛知県は西部の旧尾張国と東部の旧三河国から成るが、名古屋市が尾張、豊田市は三河と、③歴史的独自性も満たしている。

人口昼夜間人口比率商品販売額
名古屋 2,303,004 112.8 258,374 
豊田 414,750 110.5 20,523 
豊橋 366,089 97.1 12,378 

④の風土面を重視すると南東部の豊橋市も候補となる。
名古屋駅から豊橋行きの東海道線に乗ると、手前の蒲郡市あたりで山が三河湾まで迫って来て、その隘路を幾つかのトンネルで抜けると豊橋平野に出るのだ。
また、豊橋市を中心とした東三河地方は全国的に農業が盛んで、とにかく工業が発達している他の地方とは好対照である。
ただし、上の表の数字を見ると①・②の基準で豊橋市は豊田市に完敗しており、④での優位性だけでは逆転するのは難しい。

世界に冠たるトヨタに対して、私が勝手に作ったお墨付きをつけるのも馬鹿馬鹿しいことを承知の上で、豊田市を愛知県の副県都として認定する。

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岐阜県⇒高山市

人口2位の都市は西部に位置する大垣市
青春18きっぷで普通列車を乗り継いで東海道線を走破した方なら、大垣駅での乗り換えで席取りバトルのために跨線橋をダッシュした思い出があることだろう。
県都岐阜市から近く、岐阜駅から大垣駅までは10分少々しかかからないが、昼夜間人口比率は100を越えており、岐阜市のベッドタウンとはいえない。(②)

人口昼夜間人口比率商品販売額
岐阜 399,127 103.4 13,920 
大垣 156,912 103.4 4,390 
高山 82,486 101.3 1,988 

③歴史の観点からは、南部の旧美濃国と北部の旧飛騨国に分けられる。
岐阜市・大垣市ともに美濃国に属し、飛騨国の中心的存在は高山市である。
また飛山濃水ひざんのうすいと呼ばれているように、飛騨は山に囲まれた盆地・高原地帯、美濃は水が豊かな平野部と、歴史的領土は風土とも密接に関わっている。
岐阜県のように面積の広い県だと、こうした風土的多様性の視点が重要になってくるわけだ。

以上より、①では大垣市、②はほぼ同等、③・④は高山市が優勢となる。
総合的にみて飛騨の小京都こと高山市が副県都争いを制した。

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静岡県⇒浜松市

静岡県には県都静岡市浜松市と2つの政令指定都市がある。
人口は浜松市の方が多い。(①)
静岡駅から浜松駅まで普通電車で70分かかる。
浜松市の昼夜間人口比率は100を切っているが、商品販売額は静岡市に肉薄しており、少なくとも静岡市のベッドタウンでは決してない。(②)

人口昼夜間人口比率商品販売額
静岡 672,775 103 28,976 
浜松 783,924 99.3 27,917 
伊東  64,438 96.5 956

③歴史に着目すると、静岡県は遠江国・駿河国・伊豆国から成る。
静岡市が駿河、浜松市が遠江なので、ここで伊豆国で最大の伊東市も検討してみよう。
特急「踊り子」(東京~伊東~下田)が象徴するように、伊豆半島は静岡市よりも関東地方との結びつきが強く、その点からも静岡県では独特の風土といえよう。
しかし、静岡市・浜松市と比べると規模は文字通り桁違いに小さく、2大都市の争いの影に隠れた泡沫候補といった印象はぬぐえない。

結局、伊東市も個性は見せたものの、やはり県都と双璧を成す浜松市には遠く及ばなかった。

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福井県⇒敦賀市

福井県は小さな県でありながら多面的な考察をさせてくれる「良問」である。
まず人口2位の坂井市は県都福井市に隣接するベッドタウン。
①規模では有利だが、②~④の要素では評価が低くなる、「副県都力」の弱い典型例である。

次に④風土に着目すると、福井県は南越前町以北の嶺北と敦賀市以南の嶺南とに分けられる。
両者の間では方言だけでなく、電力の周波数に至るまで明確な分断が存在するのである。
両者の境である木の芽峠には、全長約14㎞と在来線の陸上トンネルで最長の北陸トンネル(敦賀~南今庄)が通っている。
関西の新快速電車の行き先が敦賀駅になっていることから、敦賀市は関西と北陸の結節点という特殊な風土であることが分かる。
また人口は坂井市より少ないが、商品販売額では逆転していることから、①規模でも同等といえるだろう。(②も当然)

人口昼夜間人口比率商品販売額
福井 254,029 110.1 11,321 
坂井 88,430 88.3 1,314 
敦賀 62,382 101 1,782 
小浜 27,644 101.7 641 

さらに③歴史を辿ってみると、福井県は旧越前国と旧若狭国に分けられる。
先ほどの嶺北・嶺南と似ているので紛らわしいが、敦賀市は県都と同じ旧越前国に位置している。
若狭から候補を探してみると、小浜市が唯一の都市である。
小浜市は古代よりひときわ関西、特に京都との繋がりのなかで発展し、「海のある奈良」とも呼ばれる。
しかし①規模の小ささという弱点が付きまとう。

以上の議論をまとめると下の表のようになる。

①規模②中心性③歴史④風土
坂井×××
敦賀
小浜×

見応え十分の試合の末、敦賀市が副県都の座を勝ち取った。

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石川県⇒七尾市

人口2位の都市は白山市はくさんで、ここも県都金沢市に隣接している。(①)
白山市は金沢市よりも製造品出荷額が大きく、昼夜間人口比率を見ても県都に従属しているとまではいえない。(②)
ただし③歴史・④風土ではやはり差別化できない。
白山市の西隣にある建設機械大手「コマツ」の企業城下町、小松市でも全体的な評価は似たようなものになる。

人口昼夜間人口比率商品販売額
金沢 443,123 107.9 24,445 
白山 112,524 96.9 2,846 
能登 46,500 104 1,072 

金沢のある旧加賀国とともに県を構成するのが旧能登国である。(③)
平野部の加賀と丘陵の多い半島部の能登では、気候・文化・産業でも大きく異なっている。(④)
昼夜間人口比率を見ても七尾市は能登地方の中心的存在であることが分かる。(②)
雅な金沢が京都だとしたら、能登最大の七尾市舞鶴市(京都府の副県都)といったところだろうか?

①では大きな差を付けられた能登国の首都七尾市が、加賀百万石のナンバーツーを相手に②~④で大逆転勝利を収めた。

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富山県⇒高岡市

小さな面積の中央部分に、県人口の4割以上を占める県都富山市がどっかりと居座っている。
県内には目立った明確な歴史的分断も存在しない。
はっきり言って、副県都選びが非常にやりづらい県だ。

まず人口2位の高岡市である。(①)
富山駅から高岡駅は電車で20分しかかからないが、昼夜間人口比率は辛うじて100を維持しており、一定の経済的独立性は保っている。(②)

人口昼夜間人口比率商品販売額
富山 403,757 105.8 16,333 
高岡 162,672 100 5,215 
南砺 46,071 98383

富山県の風土は標高80mほどの呉羽丘陵を境にして、呉東ごとう呉西ごせいに分けられる。
とくに食文化の味付けにおいて、それぞれ関東風・関西風の違いがあるといわれている。
幸い富山市は呉東、高岡市は呉西に属するので、④風土的多様性もクリアした。

他に候補を探そうにも適格な都市は見当たらない。
知名度の高い黒部市は、ファスナーメーカー「YKK」や観光業といった「特定産業の首都」の性格が強い。
また、④風土面では散居村の広がる呉西南部の南砺市なんとに期待したのだが、①規模・②中心性で「足切り」となった。

福井県・石川県と北陸地方では熱い戦いが繰り広げられてきたが、第3試合は消化試合の末に高岡市が副県都に決まった。

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新潟県⇒上越市

新潟県、つまり旧越後国の風土は南西部の上越、中部の中越、そして北東部の下越に分けられる。
それぞれの中心都市は上越市長岡市、県都の新潟市となっており、上越市が人口3位、長岡市が2位なので規模の基準からも都合が良い。(①)
こうして副県都争いは長岡市と上越市の一騎打ちに絞られた。

人口昼夜間人口比率商品販売額
新潟 761,503 101.5 31,127 
長岡 255,261 102.5 9,676 
上越 180,440 100.2 4,063 

①規模では長岡市の方が明らかに大きく、②経済地理的中心性はほぼ互角だが、こちらも若干長岡市に分がある。

江戸時代の新潟県は天領が多く、その他にも中小多くの藩が存在していた。
有名なのは戊辰戦争で善戦した長岡藩だろう。
長岡市を拠点に新潟市にも領地は及んでいた。
つまり長岡市は現在の県都を従えていた、別の言い方をすれば県都と同じ藩だったわけで、これを「歴史的独自性」としてどう評価すべきかは難しい。
一方の上越市は高田藩の城下町で、石高も長岡藩よりも大きかった。(③)

風土をより深堀すると上越市の優位性はさらに高まる。
中越よりも上越の方が、下越に対する「風土的特殊性」が高い、つまり新潟市とは似ていないのである。
たしかに新潟市・上越市は海沿いで長岡市は内陸だが、長岡市も新潟市も越後平野に位置しており文化圏を共有しているといえる。(④)

それを象徴するのが鉄道地図だ。
上越新幹線(大宮~新潟)が長岡を通って新潟に至るのに対し、上越市を経由するのは長野から北上してきた北陸新幹線(高崎~金沢~敦賀)である。
ちなみに上越新幹線の名前の由来は上野国こうずけ(群馬)の「上」と越後国の「越」の組み合わせで、上越市は通らないので注意しよう。

以上より、①・②の劣勢を③・④で挽回した上越市を副県都とする。
戊辰戦争よろしく、長岡市は健闘の末に惜しくも敗れた。

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長野県⇒松本市

長野県も新潟県と同様に歯ごたえのある問題である。
風土的に北信(中心都市は長野市)・東信(上田市)・中信(松本市)・南信(飯田市)の4つに分けられる。
長野市、松本市、上田市の順に人口上位3位がこの中に入り、飯田市は規模では他よりやや劣っている。
②経済地理的中心性はどの都市も満たしているが、松本市が特に高いスコアとなっている。

人口昼夜間人口比率商品販売額
長野市 362,609 103.6 15,891 
松本市 234,111 106.6 10,137 
上田市 151,540 102.1 4,062 
飯田市 94,944 104.5 2,410 

律令制では旧信濃国のみだが江戸時代は多数の小藩が割拠していた。
注目するとしたら明治初期に短い間存在した筑摩県だろう。
これは現在の中信・南信地方に相当するので、松本市・飯田市が強いて言えば③歴史的独自性が高いということになる。

最後に風土についてみると、中央分水嶺の南側に位置する飯田市の存在が際立っている。
長野・松本・上田各市が日本海に注ぐ信濃川水系の流域なのに対して、飯田市のある伊那盆地をつくる天竜川は太平洋へと流れている。(④)

以上をまとめると、各基準での相対評価は下の表のようになる。

①規模②中心性③歴史④風土
松本
上田
飯田

決勝戦は松本市VS飯田市ということになろう。
もう同率2位で引き分けとするか、はたまた飯田市に軍配を上げて読者の意表を突けばエンタメとしても都合が良いが、冷静になって考えればやはり松本市こそが副県都に相応しいと判断せざるを得ない。

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むすび

以上、副県都を発表してきたわけだが、振り返ると私の基準はどちらかというと歴史・文化的要素を重視していると感じる。
例えばよりビジネス寄りの視点から、産業の活性力や人口動態を考慮すれば全く違った結果になることだろう。

この度ご笑覧いただいた答えが「正解」か否かはどうでもよいのだ。
副県都選定作業を通して各県の多様性に気付くことができるのみならず、現在の県境や固定観念にとらわれない自由な地図の見方ができるようになることこそが重要なのである。
その意味では、何の生産性もない本記事のような遊びも、文字通りの「リベラルアーツ」だと言えるかもしれない。
皆さんも自分なりの日本地図を構成してみてはどうだろうか?







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