「ドナウの真珠」と讃えられるハンガリーの首都ブダペストと、バイエルンの州都で南ドイツの中心都市ミュンヘン。
オーストリアを挟んだ両都市間の移動には、夜行列車「カールマーン・イムレ号」が便利で快適です。
時間を有効に活用できるうえ、予算に応じた様々な設備の選択肢があります。
2023年5月末、ブダペストからミュンヘンまで個室寝台車に乗車しました。
ハンガリーのブダペストとドイツのシュトゥットガルトを結ぶ夜行列車
ユーロナイト「カールマーン・イムレ(Kalman Imre)号」はブダペストからウィーン・ミュンヘンを経て、ドイツ南西部の産業都市シュトゥットガルトまで毎日運転されています。
「ユーロナイト(EN)」とはヨーロッパ国際夜行列車の意味です。
西行き・東行き共にブダペストでの時間帯が良好な分、ウィーンやミュンヘンの発着は深夜・早朝になります。
なお、ブダペスト~ミュンヘンには昼間のレイルジェット(Railjet)も運行されています。
ユーロナイトの所要時間は9時間弱なのに対して、レイルジェットだと約7時間です。
7時間乗車し続けるのは長いですし、車窓もドイツ・オーストリア国境付近以外は特によいわけではないので、同区間の移動は夜行列車がおすすめです。
「カールマーン・イムレ号」の編成は座席車・クシェット(簡易寝台)・寝台車から成ります。
車両はハンガリー国鉄の客車が使われています。
列車名の由来はハンガリー生まれの作曲家の名前です。
20世紀初頭のウィンナオペレッタの時代に活躍しました。
ちなみに、彼の名前をドイツ語風に表記するとEmmerich Kalmanとなります。
そう。ハンガリー語は他のインド・ヨーロッパ語族とは異なるアジア系の言語で、日本人と同様に姓・名の順番です。
そのためハンガリー人の見た目は白人ですが、言語は西スラブ系の周辺国とは全く異なります。
ハンガリー国鉄の寝台車の車内・サービス
寝台車にトイレ・シャワー付き個室は無い
寝台車は1~3人用の個室です。
車両は新型で個室も広いです。
写真左奥に見える洗面台の蓋をテーブルとして使います。
個室内には充電用のコンセントもあります。
ハンガリー国鉄の寝台車にはトイレ・シャワー付きのデラックス寝台はありません。
朝食が寝台車の料金に含まれています。
オーストリア国鉄のナイトジェットと同じで、朝食メニューリストから好きなものを7品目選ぶスタイルです。
車内販売も利用可能
カールマーン・イムレ号には食堂車等の設備はありません。
しかし、車掌から車内販売で購入することができます。
ビール・ワインなどのアルコール飲料や軽食があります。
クレジットカード・ユーロでの支払いも可能です。
シングル寝台車の乗車記
ブダペスト東駅を出発
ドナウ川の両岸に広がるブダペストは、同じハプスブルク帝国の主要都市でも、ウィーンやプラハとは違った独特の雰囲気を持っています。
そしてハンガリーは東欧随一の美食の国で、パプリカ粉(日本で売られているものは甘いが、ハンガリーのものはたいてい辛い)やサワークリーム(ヨーグルトっぽいクリーム)を多用します。
さて、ブダペストには幾つかのターミナル駅がありますが、カールマーン・イムレ号が発着するのはウィーン方面へのレイルジェットと同じ東駅です。
外観も内部も実に荘厳な駅です。
発車の50分程前に着いてしまったのですが、既に列車は入線済みで乗車もできました。
後ろの方に連結されているチューリヒ行きの車両はやや古いものでした。
ホームをずっと歩いて進み、シュトゥットガルト行きの新型寝台車に乗ります。
旧式車両と比べるとなかなか派手な外観で、軽やかで愉快なウィンナオペレッタが似合いそうです。
大柄で日焼けして腕に入れ墨をした、いかにもハンガリー人らしい男性車掌にチケットを見せます。
見た目はちょっと怖いですが、実際は気さくで優しい人でした。
個室寝台車のシングルを利用
私が予約していたのは一人用の個室寝台です。
「食前酒」のビールで涼みながら出発を待ちます。
通路には乗客とずっとお喋りしている車掌の声が響きます。
こういうおおらかなところもハンガリー的です。
20時40分、まだまだ明るいブダペスト東駅(Budapest Keleti)をゆっくりと出発しました。
綺麗ではあるけれど清潔とはいえないブダペストの街並みをしばらく見ると、ドナウ川を渡ります。
検札のついでに車内販売の赤ワインを購入します。
「ケークフランコシュ」というブドウが使われており、これはハンガリーで最も重要な品種です。
アルコール度数は高くありませんが、色調は濃いガーネットで香りや味わいも非常に豊かです。
夜行列車の車内販売で買った数あるワインで、私の中では最良のものだと思います。
街並みが綺麗・(オーストリア・チェコと比べて)物価が安い・食事とワインが美味い、そして美人が多い...ハンガリーは東欧好きの私にとっても特にお気に入りの国です。
ウトウトしているうちにウィーン中央駅(Wien HBF)に到着していました。
もうすぐ日付が変わるくらいの時間です。
ここから乗車する客もいるようで、隣の個室に乗ってきた女性がドイツ語で「いいね!すごい!」と感動していました。
ドイツ・オーストリア国境付近の景色
ドアをノックする音が目が覚めました。
まだ朝5時ごろでミュンヘン到着まで1時間程です。
「はい、開けます」と日本語で応じてドアを開けました。
そこには車掌ではなくドイツの入国審査官らしき二人組が立っていました。
行き先とドイツ滞在期間を聞かれます。
あちこちに列車で訪れるうえ、何回も出入国を繰り返す私には誠に答えにくい質問です。
オーストリアもドイツもシェンゲン協定加盟国のはずですが、なぜこんなことをしているのでしょうか?
それはともかく、両国の国境付近は車窓が良いです。
せっかちにも既に青紫色を帯びた夜明けの空の下、寄り添いあう山村はまだ眠っているようです。
実に幻想的で感動的な夜汽車の目覚めではありませんか。
「なるほど」と私は納得しました。
きっと国境管理というのは表向きであって、私を起こした迷彩服を着た二人は実は観光協会か何かの人だったに違いありません。
「せっかくだからこの景色を見てよ」という訳なのでしょう。
そういえば彼らはとてもフレンドリーでした。
朝食ではサラミがおすすめ
ミュンヘン到着の25分前、時刻は5時30分過ぎに朝食が運ばれてきました。
選ぶべき品目のうちパン・コーヒー・オレンジジュースは「基本形」でしょう。
今回「おかず」としてレバーペースト・ハンガリーサラミ・チーズ、そしてバターを注文しました。
ハンガリー国鉄の寝台車の朝食はかなりのボリュームで、特にサラミはおすすめです。
ハプスブルク帝国の覇者、ナイトジェットをも超える朝食のクオリティーです。
配膳される容器はやや簡素ですが、これも「形」よりも「実」をとるハンガリー式というべきでしょうか。
ミュンヘン東駅に到着
定刻通り朝6時頃にミュンヘンに到着。
ミュンヘン中央駅ではなく、ミュンヘン東駅(Muenchen Ost)なので注意してください。
中央駅へは地下鉄かSバーン(近距離電車)でアクセスします。
息つく暇もなく、列車はシュトゥットガルトを目指して走り去っていきました。
予約方法と費用
ユーロナイト「カールマーン・イムレ号」の予約はオーストリア国鉄のサイトから行うことができます。
列車選択まで
トップページにアクセスして、日付・区間(都市名で可)を入力し、”Book Ticket”のボタンを押下します。
駅名は”Muenchen Hbf”(ミュンヘン中央駅)でもかまいません。
これ以降も赤いボタンで先に進んでいきます。
その次の画面では人数を調整し、”Find Service”から”One-way~”を選びます。
列車選択画面が現れました。
乗り継ぎのパターンも表示されますが、選ぶのは直通のユーロナイトです。
費用は料金カテゴリーと設備で決まる
列車を選択したら、次に決めるのはキャンセル要件などチケットの柔軟性に関わる「料金カテゴリー」です。
写真では上の“Sparschiene”はキャンセル不可の代わりに安く、下の“Comfort Ticket”は条件が緩い代わりに高くなっています。
同じ画面を下にスクロールすると設備選択画面です。
場合によっては料金カテゴリーがSparschieneでは予約できない設備もあるので、その時は割高になってもComfort Ticketにするしかありません。
ヨーロッパの寝台車は個室単位ではなく、ベッド単位で販売されます。
例えば一人利用でトリプル(3人用)を予約すると、同性の他人と相部屋になる可能性があります。
よって、個室を貸し切りたい人は高くてもシングルで予約しましょう。
最後に名前と電話番号(最初の0の代わりに+81)、続いてメールアドレスを入力して、クレジットカードかPayPalで支払いです。
決済成功するとチケットが添付されたメールが届きます。
印刷するかスマホに保存して完了です。
お疲れ様でした。
シングルの最安料金は130€程度
Sparschieneのシングルで予約出来た場合、合計費用は約130€になります。
そのほとんどがシングルの寝台料金(110€)が占め、チケット代金は大幅に割引が効いて20~30€程度です。
同じ寝台車でもトリプルやダブルとシングルの差額は結構大きいです。
費用を抑えたいならクシェットがおすすめです。
追加費用は6人用(3段ベッド)で20€、4人用(2段ベッド)でも30€です。
座席車は快適性・安全性の観点からおすすめできません。
滲み出るマジャル人の個性
ハンガリーにとって、かつてその支配から脱出しようともがいたウィーンとの関係が今でも非常に重要です。
そのため「ハンガリーの列車」というと、ウィーンからやって来るオーストリア国鉄のレイルジェットの存在感に埋没しがちなところがあります。
しかし、「カールマーン・イムレ号」の寝台車の旅ではハンガリーらしさを随所に感じることができました。
朝食・ワイン・乗務員の人柄など、寝台車を乗り比べると国ごとに個性が表れているのが分かって面白いと思います。
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