本州を除く主要三島のなかで、九州・北海道と比べると存在感が薄いのが四国である。
全体的に穏やかというか地味な印象で、福岡・札幌のような圧倒的な力を持つ都市もない。
そして日本最後の新幹線空白地帯でもある。
2024年11月下旬、そんな四国を七日間かけて高松を起点として反時計回りに一周した。
本シリーズでは旅程を「みぎうえ」「ひだりうえ」「ひだりした」「みぎした」の4パート(部)に分けてその様子を綴っていく。
なお、一周旅行全体のルートや「上下左右」の概念については、ガイダンス記事を参照していただきたい。
本記事より第2部の「ひだりした」パートへ突入する。
旅行中の私にとっても、帰宅後このブログを書き進めている私にとっても、やっとここまで来たなとの思いである。
3日目の午前中、宇和島駅から路線バスに乗り、宿毛駅(高知県)・土佐清水市を経由して四国の果ての足摺岬を目指した。
宇和島自動車のバスで高知県の宿毛駅へ
市内観光を終え、宇和島駅前のバスターミナルへ。
10時30分の特急「宇和海」の到着時間を待っていたように、次々とバスがやって来た。
10時35分、宿毛駅行きのバスも出発した。
今日の移動は専ら路線バスである。
宇和島自動車のバスは交通系ICカード非対応だった。
高知市まではATMが無いことも覚悟しなければならない。
バスの乗客は5人くらいだった。
20分くらい走ると宇和島の市街地は尽きた。
少しまとまった集落にある岩松出張所というバス停からは、客は私を含め2人だけになった。
やがて右手に複雑に入り組んだリアス式の宇和海が現れた。
海面には見渡す限り養殖筏が広がっている。
この地域に住む人にとって、畑とは湾のことではないかと思えるほどである。
愛媛県最南端に位置する愛南町に入った。
スーパーの鮮魚コーナーに行くとタイやブリの刺身でよく目にする地名だ。
漁港周辺にはあまり水産関連の工場はない。
製造業が未発達であることはたしかだが、むしろ加工する必要がないほどの魚を出荷しているというべきだろう。
道路沿いにはリクリエーション施設もあるが、廃業した旅館やレストランも目立つ。
実にのんびりとした愛南町の中心部をゆったりと過ぎ、県界というバス停を通過して細い川を渡ると高知県に入る。
まもなく宿毛の市街地に出た。
路線バスというのはたいてい、「○○病院前」や「□□高校前」といった生活感のある停留所を経由するものである。
しかし宇和島自動車にとってここは土佐という異国の地なので、終着の宿毛駅まで市街地を完全に素通りして走っていく。
これから乗る高知西南交通の黄色いバスに囲まれて、宇和島自動車のバスは決まりが悪そうに宿毛駅に到着した。
12時34分発の清水プラザパル行きのバスとの接続時間は5分、束の間のトイレ休憩である。
鉄道好きとしては宿毛駅から土佐くろしお鉄道に乗って中村駅を目指したいところだが、自分で決めた大回りルールがあるので土佐清水市経由でバスを乗り継がなければならない。
気温は23度。長袖1枚でも暑い。
黄色いバスと一緒に日向ぼっこをしながら出発を待った。
高知西南交通のバスで清水プラザパル経由で足摺岬に至る
バスに乗り込むと、今度はカードリーダーがあった。
「意外とやるな」と思いながらSuicaをタッチするが、反応しない。
目の前に座っている女性に使えないのか聞くと、不思議なものを見るような顔でぽかんとして整理券を取れという。
どうやら「ですか」という高知県限定のICカードにしか対応していないらしい。
私の方こそ、こんなものがあるとは知らなかった。
しかも両替機が新札には対応していないので、運転手に旧札に替えてもらわなければならない。
要するに時代遅れで不便に尽きるのだが、便利さに慣れ過ぎて旅行中はグーグルマップしか見なくなるくらいなら、無駄な苦労をする方がはるかにマシである。
宇和島自動車のバスと違って、四国西南交通のバスは市内のバス停でこまめに乗客を乗り降りさせた。
しかし「ですか」を利用する人はいない。
なぜなら乗客のほとんどが高齢者で、彼らは割引か無料になるパスを提示するためである。
まもなく海沿いに出る。
まだ見えてるのは奥まった静かな湾だ。
気が付くと乗客は私一人になっていた。
しばらく内陸部を走ってから、目の前に再び海が広がる。
今度の海は突き出た半島に視界を遮られない、太平洋の大海原だ。
地球が丸く感じる水平線を見れば、四国山地で他地域から隔絶された土佐の人が、海の向こうに憧憬やロマンを求めた気持ちが分かる。
海面は穏やかだが海岸や岩礁は白く泡立っていて、波の音が聞こえてくるようである。
小さな港町が現れては消えてを繰り返しているうちに、竜串海岸や足摺海底館などのある観光エリアに差し掛かった。
行ってみたいが、ここで降りると次のバスが来るのは3時間半後なので無理である。
サングラスにTシャツ姿の若いカップルがマイカーに乗り込んでいるのを見ると、さすがの私でも羨ましく思う。
13時57分、土佐清水市の中心にある清水プラザパルに到着した。
プラザパルは観光客向けの施設なのかと予想していたら、地元の人が利用するスーパーマーケットだった。
足摺岬行きのバスまで40分以上あるので、タクシーの利用を思いついた。
この区間は往復するだけなので大回りのルート外であり、よって公共交通機関を利用する必要はない。
総合案内らしきカウンターでタクシーの連絡先を教えて欲しいと尋ると、「今日は日曜日なのでタクシーは休みです。すいませんねぇ、田舎なもので。」とのこと。
私は「日曜日だからタクシーはどこも出払ってます。」くらいは想定していた。
しかし観光地の、それも公共交通機関が貧弱な地域のタクシーが日曜休業とはいかがなものか。
仕方がない。
待ち時間はスーパーで昼食を買って食べよう。
私は旅先で土産物屋よりスーパーに寄る方が好き(ただしお酒を買う場合を除く)である。
中途半端な時間なので店内は空いていた。
刺身コーナーでは聞いたことのない名前の魚が並んでいた。
そのうちの2種類と白米を購入する。
産地は近くにある土佐清水市の漁港で、値段も手ごろだ。
調べてみると「ネイリ」はカンパチの若魚、「キメジマグロ」はキハダマグロの幼魚らしい。
店で食べるような高級魚ではないが、庶民的な地魚丼である。
付属の醬油はドロッとしていてソースのような粘度だった。
11月下旬なのに外は暑く日差しが強烈なので、衛生的に速く食べた方がよさそうだ。
有意義な待ち時間を過ごし、14時40分発のバスに乗る。
足摺岬まで車で15分程度で着くようだが、バスの所要時間は45分もかかる。
その理由はすぐ分かった。
バスは走りやすい国道から逸れて、曲がりくねった狭い生活道路を急な坂で降り、崖の下の小集落に立ち寄るのだ。
こんな道をバスが通るのかと感心していると、お婆さんが一人降りていった。
辛うじてこしらえた道の海側には長年強風にあおられて斜めに生えている樹木が、反対側の崖にはシダ植物が群生していた。
最後に亜熱帯植物が生い茂ってできたトンネルを抜けて、ついに足摺岬のバス停に着いた。
外に出た瞬間、季節外れのジメジメとした空気の感覚に驚く。
ここが終点のはずなのに屋根もベンチもなく、ただバス停の標識があるのみだった。
左手には四国八十八箇所第三十八番札所の金剛福寺、右手にあるのは廃ホテルか。
いささか戸惑わされる到着となったが、これから四国最南端の自然を浴びに行こう。
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